2008年初夏にクライマックスDS( 現在はDS/K) を自室に導入してから約5年。ほぼ毎日このネットワークオーディオプレーヤーを稼働させ、楽しいミュージックライフを送っている。
2007年秋、「東京インターナショナルオーディオショー」のリン・ブースで、DSはわが国に初お目見えしたわけだが、最初そのコンセプト、概要を聞いてもあまりピンとこなかった。確かにそこで演奏されていたクライマックスDSのサウンドはとてもすばらしいものだったけれど、CDを聴くのになんでわざわざパソコンでリッピングしてNASに貯めて聴かなきゃならないんだろ? そんなメンドクサイことなしに、ふつうに気に入ったCDプレーヤーで聴けばいいと思うけどなあ、というのが当初のぼくの正直な感想だったわけだ。
そんなぼくの反応( 当時のオーディオマニアのほとんどが同じ反応だったと思う) に、リンジャパンのスタッフから「では一度ヤマモトさんの部屋でクライマックスDSのデモをやりましょう」との申し出が。そこでぼくのリスニングルームに簡易的にネットワーク環境を構築し、何枚かのCDをリッピングした音源やリンレコーズから配信されているスタジオマスター音源を聴かせてもらう機会をいただいた。それが2008年の春のことだった。
NAS に取り込んだCDをクライマックスDSで再生すると、ぼくがそれまで愛用していたCDプレーヤーシステム( クロックジェネレーターや単体DAC を加えて自分なりにチューンナップしたもの) を超える安定感のある音が聴け、なるほどディスクを高速回転させながら、データ読み出しと再生を同時に行わなければならないDISCプレーヤーの音質的限界ってあるのかもしれない……という気にもなった。しかし、ぼくにとって決定的だったのは、クライマックスDSが再生するリンレコーズのスタジオマスター音源「drawn to all things/イアン・ショウ」(48kHz/24 ビットFLAC) の音を聴いたことだった。
ぼくはこのアルバムのSACDを持っていて、その聴き比べを行ってみると、もう完全にクライマックスDSで聴くデジタルファイルの圧勝だったのである。音像の安定感、描き出される音場のカンバスの大きさ、スタジオの空気感の再現、すべてに渡ってクライマックスDSのファイル再生が勝っていて、その違いの大きさはまさに衝撃だった。
音楽ファンの憧れ「スタジオマスター」が自室で聴けるヨロコビ。ここにオーディオの未来があると確信したぼくは、このネットワークプレーヤーでとことん高音質を追求してみたいと考え、クライマックスDSの購入を決意した。確かにその価格は気軽にぽんと買えるものではなかったけれど……。
2008年当時、CDフォーマットを超えるハイビット・ハイサンプリングのハイレゾファイル配信を行っていたのは、リンレコーズの他、HD Tracks などほんの少しの海外インディペンデント系レーベルだけといっていい状況だった。しかし、2009年には日本を代表する独立系クラシック音楽レーベル、カメラータトウキョウの音源をハイレゾ配信するHQM ストアが設立され、その後、2005年からDRM(著作権保護管理) 付のWMA ロスレスでハイレゾ配信を行っていたe-onkyo music が、DRM をはずしてWAV やFLACファイルでの配信を開始、昨年からはワーナーミュージックやユニバーサルミュージック、ビクターエンタテインメントといったメジャー系レーベルを有するレコード会社( という言い方もヘンな感じになってきたが) の音源がDRM フリーで配信されるようになった。また、いっぽうで日本の先進的なミュージシャンの音源を48kHz/24ビットPCM ファイルとDSD ファイルで同時配信しているポップス系音楽配信レーベルototoyの動きも見逃せない。
そう、聴きたい音楽のハイレゾファイル配信がこの1 ~2 年で劇的に増えてきたわけだ。こういう音楽聴取環境の変化をみるにつけ、その動きをいち早く予測し、SACD/CD プレーヤーの開発・販売を取りやめ、ソース機器をDS一本に絞ったリンの炯眼に改めて驚きを禁じ得ない。
そんなわけで、気になるアーチストの新作や昔懐かしい名盤などがばんばんハイレゾ配信されるようになり、高音質音楽配信サイトからのお知らせを目を皿のようにして眺めている今日この頃だ。もちろんCDをまったく買わなくなったわけではないけれど、今もっとも自室で聴いていて楽しいのは、クライマックスDS/Kで再生するハイレゾファイルとLP12SE11で再生するアナログレコードであることは間違いない。
クライマックスDS(/K)を5 年間使い続けてきて、深く感じ入っていることがある。それが「成長するオーディオ機器」という側面だ。これまでに本体ファームウェアを幾度となく更新して性能と機能・操作性を向上させてきたし、ハード面でも2009年に新電源回路基板として高速給電能力を持つ「ダイナミック・パワーサプライ」が登場、そして、2011年には新設計のマザーボードが提案され、クライマックスDSはクライマックスDS/Kとして生まれ変わった。
ぼくは律儀に(?) ハード/ ソフト両面のすべてのヴァージョンアップに付き合ってきたが、その都度、音質改善が着実に果たされていることが確認でき、強い精神的満足感を実感している。とくにソフトウェアのヴァージョンアップで性能を向上させられるというのは、従来のオーディオ機器にはなかった発想だろう。「いつまでも陳腐化しないハイエンド機器」 実はリンDSの最大の革新性はここにあるのかもしれないと思う。現行のファームウェアDavaarのVer.9 からは、イーサネット入力部のLED を消灯することまで可能になった。実際にそうしてみて、微小信号の再現性がいっそう向上した気がしている。
それから、リンに引き続いて登場してきた各社のネットワークプレーヤーを使ってみて強く実感するのが、DS用操作アプリの使いやすさだ。サードパーティから提案のあった「SongBook」や「Chorus DS 」なども快適だったが、リン提案の「Kinsky」は極めつけの完成度の高さといってよいだろう。
また、PCオーディオ( パソコンとUSB DAC の組合せ) に比較すると、やはりDSの使いやすさと安心感は途轍もなく大きいと思う。PCオーディオは音質を左右する要素が多すぎるし( だからこそ楽しいという方もおられるが) 、再生の安定感もすこぶる心許ない。面倒なことは抜きに、ハイレゾ・ミュージックファイルをいい音で聴きたいという方には、ぼくは断然DSの導入をお勧めしたいと思う。
昨年(2012 年) 、リンはDSプレーヤーにプリアンプ機能を合体させたDSM シリーズを提案した。クライマックスDSM 、アキュレートDSM などを実際にテストしてみて、ぼくが最も興味深く思ったのは、HDMI入力の音のよさだった。HDMIはAV用のデジタル映像・音声規格で、ブルーレイプレーヤー/ レコーダーの標準インターフェイスである。ブルーレイの音楽・映画ソフトのなかには96kHz/24ビットのリニアPCM やロスレスコーデックで音声記録されている作品が思いのほか多いのだが、そんなハイレゾ音源をDSM で聴いて、その音のよさに驚かされたわけだ。
ぼくは日本国内で発売されている高級AVアンプの音をすべて聴いているが、DSM で聴くHDMI入力の2ch 再生音は、まったく次元の異なるハイファイ・サウンドであると断言する。HDMIインターフェイスでは、音声信号は映像信号の隙間に載せて伝送される。それゆえ音声クロックは映像信号のそれを基に生成されることになり、ジッター( デジタル信号の時間軸上のゆらぎ) がきわめて多くなるのだが、DSM では一度生成した音声クロックから、もう一度時間軸精度を叩き直したクロックを再生成し、ジッターを極小化する工夫が採られているという。DSM のHDMI音声の高音質にはそんな工夫が秘められているのだ。リン技術陣に訊くと、このジッター抑制の研究に約3 年の時間を費やしたという。
つい先日も東京のオーディオ専門店で、数十人のお客さんの前でアキュレートDSM を使ってブルーレイの音楽ソフトのデモを行なったが、帰りがけ、何人かの方に「ブルーレイってこんなに音がいいとは知りませんでした」という感想をいただいき、DSM のもう一つの魅力がアピールできて、とてもうれしかった。
未来のハイファイ・オーディオの萌芽はどこに? と誰かに訊かれたら、ぼくはきっとこう答えるだろう。それはリンのDSファミリーにあると。