“いい音楽とは?”、“いいライヴとは?” A Taste of Musicは、音楽の伝道師ピーター・バラカンさんが素敵なオーディオ空間を訪ねながら、自ら選りすぐった音楽の魅力をライヴやレコードの聴きどころとともにお届けするWebマガジンです。
Becca Stevens Band
アクースティック楽器を巡る新しいアプローチ
今回のA Taste of Musicは銀座にあるリンのショールーム「LINN GINZA」からお届けします。ところで僕は先日、とても面白いライヴを観ました。東京・丸の内のコットンクラブで、1月の終わりに行われたベッカ・スティーヴンズ・バンド。これがとても良かったんです。僕は普段から一つのジャンルでは括れないようなミュージシャンに興味を持つんですが、色々なレヴューなどを見ていると彼女が各方面から注目されていることを知って、一つ前のアルバム『無重力』を聴いてみたらとても面白くて、いい意味でとらえどころがないミュージシャンだと思いました。そして、2014年に出たアルバムが『パーフェクト・アニマル』なのですが、これがもう、かなりヘンなんですよ(笑)。1曲目の「アイ・アスクド」は、どこか陽気なチャランゴの響きと、思い切りダークなリズムが不思議と上手くブレンドされています。メロディも止まったり始まったり、はっきりしなくて、歌詞も続いているという感じはない。ずいぶん変わった曲なんですが、でも不思議と聴きやすいんです。
ライヴでは、彼女がギターとウクレレとチャランゴを弾いて、あとはピアノ/アコーディオン、ウッド・ベース、ドラムズという編成でした。基本的にアクースティックな感じの音楽で、ドラマーは最初は抑え気味に演奏していたけれど、途中からはけっこう大きい音で叩いていました。たぶん、彼女自身がビート感をもっと強調したかったのでしょう。またベイシストとキーボード奏者は歌も上手で、3パートのハーモニーをとてもきれいにこなします。あんな変わった構成の曲でここまで上手にハモるなんて大した集中力と演奏力だなと感心しました。ライヴで観られた彼女の可愛らしいキャラクターもよかったですね。
今、ニューヨークには彼女のようにちょっと変わった音楽を作るミュージシャンがちょこちょこ登場していて、古典的なブルーグラス編成の5人組、パンチ・ブラザーズもその一つで、彼らもベッカ・スティーヴンズ・バンドと同じく、アクースティック楽器を主体にしてかなり変わったことをやっています。たぶん、僕を含めて聴く側には、アクースティック楽器と言えば自然体で弾くものだという先入観があるのかもしれません。ちなみに、矢野顕子さんもパンチ・ブラザーズが大好きで、ニューヨークではライヴをよく観ているそうです。
さて今回のFeatured Artistは、最近新作を発表した二人のミュージシャン、ディアンジェロとダイアナ・クラールを取り上げたいと思います。
ディアンジェロは、とても話題になったセカンド・アルバム『ブードゥー』を2000年に出してから、全く音沙汰がありませんでした。次のアルバムについては時々、噂が流れたり、1曲分のブートレグが出回ったりしたそうですが、正式な発売は何もなし。2014年の12月に3作目となる『ブラック・メサイア』が突然出るまで、14年もかかってしまいました。最初に『ブードゥー』を聴いたとき、僕は彼のことを独特の世界を持った人だと思いました。2000年と言えば、ヒップホップもまだ全盛の頃で、そういう要素を持ちながら、昔のファンクの良さも感じられる。そうした両方の感覚が合わさっていて、さらにちょっとジャジーなところもあったりと、やや得体の知れない人物という印象もありました。ジャケットがコワいので、ちょっと距離を置きたくなる感じは若干ありましたが(笑)、音楽的にはとてもカッコいいレコードでした。ちなみに今回のジャケットからは、世の中を今変えなくてはという政治的なメッセージが伝わってきます。
ダイアナ・クラールは最初、いわゆるジャズ・スタンダードを歌っていることが多かったですよね。その分野に、それほど興味のない僕は、「確かに上手だけど、まぁ、あまり用はないかな」と思っていたんです(笑)。でも、2003年にエルヴィス・コステロと結婚して、彼が制作に関わるようになってから選曲がすごく面白くなってきました。モーズ・アリスンやジョーニ・ミチェルの曲を取り上げるようになったことでまず興味が湧いてきました。 しかも、マーク・リーボーなど、いつもとは違うミュージシャンが起用されていたりして、微妙に雰囲気が変わったあたりから「ダイアナ・クラールっていいなぁ」と思うようになり、遡ってライヴ・アルバムなんかも聴いてみたらそれもなかなかいい。一つ前の、彼女がジャケットで下着姿になっているアルバム『グラッド・ラグ・ドール』(2012年)では、古いアメリカーナを歌っていますが、あれも選曲に意外性があって面白かったですね。ますます間口が広い人だなと思いました。そうしたら、今度は実に意外な変化球でした(笑)。
まず、ディアンジェロの最新作『ブラック・メサイア』から「ティル・イッツ・ダン(Tutu)」、「ビトレイ・マイ・ハート」と2曲を聴いてみましたが、かなり格好いいですね。CDのブックレットによると今回の録音はアナログで、それもできるだけヴィンテージの機材を使って録ったということがわざわざ書かれています。彼は90年代の半ばにデビューした人ですから、活動開始からぼちぼち20年になるんですが、いわゆるアナログ世代ではないでしょう。そんな彼の音楽からは初期のプリンスや、70年代のスライ&ファミリー・ストーンといった往年のファンク・ミュージックからの影響がすごく感じられます。 今どき、ちょっと珍しいタイプのミュージシャンかもしれません。楽器はいろいろこなすらしく、クレジットを読むとキーボード類はほとんどが彼自身の演奏です。ベースは、有名なセッション・ミュージシャンのピノ・パラディーノがほぼ全面的に演奏しています。また、ザ・ルーツのクエストラヴやジェイムズ・ガッドスンらがドラムズで参加するなど、一流どころを起用していますね。ミックスのやり方は、どこかスライ&ファミリー・ストーンを思わせるような、あえてクッキリとはしない、ちょっとぼやかしたような音になっています。とは言え、バランスはすごくいい感じに仕上がっています。「ビトレイ・マイ・ハート」で聴けるホーン・セクションの音なんかも、すごく気持ちがいいですね。
続いて、ダイアナ・クラールの『ウォールフラワー』を聴いてみましょう。アルバム・タイトルは、本作でも取り上げているボブ・ディランの曲名で、1曲目はいきなりママス&パパスの「夢のカリフォルニア」。そう、本作はなんと、ほぼ全編が有名ポップ・ソングのカヴァー集となっているんです。2曲目は「デスペラード」なんですが、彼女がこんな曲を歌うとは思いませんでした。今回、彼女がピアノを弾いているは3曲くらいしかなくて、他の曲ではプロデューサーのデイヴィッド・フォスターがオーケストラを編曲したり、ピアノを弾いたりしていますが、とても丁寧に作られていると感じました。
こういうヒット曲ばかりをカヴァーしたアルバムはいくらでもあって、たいがい僕は興味を持てないんですが、この作品は本当に良かったです。10ccの「アイム・ノット・イン・ラヴ」とか誰もが知っている曲も、彼女が歌うとどこか違って聴こえる。基本的にはジャズの世界の人がそういう感性で歌うと、とても新鮮味があるんです。そのほか、ニュージーランドのグループ、クラウデッド・ハウスが1986年にヒットさせた「ドント・ドリーム・イッツ・オーヴァー」、そして、A Taste of Music Vol1でも紹介したジョージィ・フェイムの「イェー・イェー」もカヴァーしていて、この曲では本人とのデュエットが聴けます。ジョージィ・フェイムのことは、エルヴィス・コステロも大好きだから、そういうつながりなのかもしれません。
ダイアナ・クラールの新しいアルバムは、選曲にびっくりすると同時に一発で好きになり、このところよく聴いています。本当によくできたアルバムです。来年のグラミーで、何らかの賞を獲るかもしれません。デイヴィッド・フォスターは、どちらかというとすごくポップなイメージがあるんですが、彼は彼女と同じくカナダ人で、そんなことから彼女のレコードをいつか手がけたいと思っていたらしいです。そういえば、ゲスト・ミュージシャンとして参加しているマイケル・ブーブレ、ブライアン・アダムズもカナダ人ですね。
東京◎3/5 thu , 3/6 fri(東京国際フォーラム ホールA)/大阪◎3/9 mom(フェスティバルホール)/福岡◎3/10 tue(福岡サンパレス ホテル&ホール)/名古屋◎3/12 thu(名古屋市公会堂)
CS&Nが20年ぶりに日本へやってきます。今回のComing Soonは、ぜひ彼らを取り上げたいと思います。まずは彼らのファースト・アルバム『クロズビー・スティルズ&ナッシュ』から「木の船」を聴いてみましょう。これが45年前のレコードだとはとても思えないほどいい音ですが、当時の僕にとってもこのレコードはめちゃくちゃ衝撃的で、今もCS&Nと言えばこのアルバムなんですよ。彼らの特徴と言えば、このハーモニー・ヴォーカルですが、それはしかしビートルズやバーズ、ホリーズもやっていたし、当時の他のグループにもそれなりのものはありました。僕は何より、曲そのものに良さがあると思っています。このアルバムが出た1969年の前後には、ジョーニ・ミチェルやジェイムズ・テイラーがデビューして、ぼちぼちシンガー・ソングライターの時代へ移行していきます。CS&Nもそういうタイプの曲を作っていましたが、それはポップとロックの中間とも言うべきもので、それまで聴いたことがないような音楽でした。加えて、あの3人のハーモニー・ヴォーカルですからね。いまや彼らはポピュラー音楽の古典の一つだから想像しづらいかもしれませんが、この作品が出たときは、本当にものすごい衝撃だったんです。
僕も彼らのライヴはまだ観たことがないので、今回の来日はとても嬉しいです。CS&Nはレコードの場合、例えばファースト・アルバムではほとんどの楽器をスティーヴン・スティルズが演奏しています。彼のことは当時、このレコードを聴いて初めて知ったのですが、とにかくすごいミュージシャンがいるなと思いました。ただ、ライヴとなると彼一人だけではできません。そこで、必要となってくるのがサポート・ミュージシャンたちなのですが、ここ数年、CS&Nのライヴ・ツアーに、たまたま僕の弟、ミック・バラカンがギタリストとして起用されています。ミュージシャンとしては、“シェイン・フォンテイン”(Shane Fontayne)と名乗っています。今度の来日公演にも、もちろんやってきますからとても楽しみです。
弟のミックは、僕と同じ世代だから60年代のイギリスの音楽をすべて体験していて、ギタリストとして活動を始めた頃は普通のロックの仕事が多かったのですが、わりと早くからカントリー・ロックに傾倒していきました。それにはたぶん、CS&Nの影響もあったと思います。ただ、70年代前半のイギリスでは、CS&Nを除けば、カントリー・ロックは決してメインストリームではありませんから、仕事はそれほど多くはなかったようです。僕が日本に来たのは1974年ですが、ミックはその後、76年にアメリカへ渡り、かれこれ40年、ずっとミュージシャンを続けています。その間、いろんなミュージシャンのバッキングを務めてきましたが、マリア・マッキーがリード・ヴォーカルだったローン・ジャスティスには一時期、メンバーとして在籍していました。ちなみに、このグループのレコードをプロデュースしたのはジミー・アイヴィーンで、後にヒップホップ・レーベルのインタースコープを作った人ですが、ミックは彼の紹介で、ブルース・スプリングスティーンが1992年に『ヒューマン・タッチ』と『ラッキー・タウン』という2枚のアルバムを出した時のツアーに参加しました。これをきっかけに注目され、充実した仕事もちょこちょこ巡って来るようになったようです。CS&Nの来日公演では、シェイン・フォンテインのギターにも、ちょっと注目してあげてください(笑)。
この日、バラカンさんとの試聴をサポートしてくれたのはリンの最新モデル「AKURATE EXAKT」。音の入り口はもちろん、出口となるスピーカーの中に至るまでのすべてをデジタル伝送とすることで、歪や音楽情報の欠落を極限まで排した画期的なオーディオ・システムです。今回フィーチャーしたCDはリッピングで、また、同社の創業40周年を記念して制作されたスペシャル・コンピレーション『Linn 40th Anniversary Collection』(リン・レコーズ)から、イアン・ショウやエミリー・バーカーらの“Studio Master”と呼ばれるハイレゾ音源(24bit/192kHz)もじっくりと試聴。リン・レコーズと言えば、ブルー・ナイルの作品を思い出すというバラカンさんは、「AKURATE EXAKT」の音をどう聴いたのでしょうか。
「リンの音って、これまでもインターナショナル・オーディオショーなどで大きなシステムで聴いていて、かなりインパクトの強いイメージを持っていたんですが、今日のサウンドはすごく自然体な感じでした。特別な主張があるわけでもなく、どこかアットホームで、しかも上品な印象。あたりも柔らかで、ヴォリュームを下げてもよく聴こえるし、上げてもうるさくなりません。会話の邪魔にもならなそうです。広めの部屋で聴いても、きっと気持ちいいでしょうね」
システムの技術的な解説には「まるでSFのようだね」と言いながら、使用する部屋のサイズやリスニング・ポイントなどの情報を数値化して入力することで定在波を取り除くなど、試聴環境に合わせた最適なサウンドを実現する「EXAKT」の音質的な特徴を見事にとらえてくれました。
「AKURATE EXAKT」のシステム構成:Akurate Exakt DSM(デジタルストリームプレーヤー+マルチインプット・ステレオプリアンプ)、Exakt Akudorik(アンプ・モジュール搭載スピーカー・システム)
1951年ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科を卒業後、1974年に音楽出版社の著作権業務に就くため来日。現在フリーのブロードキャスターとして活動、「Barakan Beat」(インターFM)、「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)、「ジャパノロジー・プラス」(NHK BS1)などを担当。著書に『200CD+2 ピーター・バラカン選 ブラック・ミュージック アフリカから世界へ』(学研)、『わが青春のサウンドトラック』(光文社文庫)、『猿はマンキ、お金はマニ 日本人のための英語発音ルール』(NHK出版)、『魂(ソウル)のゆくえ』(アルテスパブリッシング)、『ロックの英詞を読む』(集英社インターナショナル)、『ぼくが愛するロック名盤240』(講談社+α文庫)などがある。
◎2015年3月7日(土)
「ピーター・バラカンのPing-Pong DJ Vol.10」
今回のピンポン・マッチのお相手はジェームス・キャッチポール氏。会場は、西麻布の「音楽実験室新世界」にて開催されます(開場17:30/開演18:00)。
詳細はこちらをご参照ください。
◎2015年3月14日(土)
「出前DJ@桜坂劇場」
バラカンさんの出前DJがついに沖縄初上陸。昨今のワールド・ミュージックを紹介します。会場は那覇市の「桜坂劇場Bホール」(開場18:30/開演19:00)。
詳細はこちらでご確認ください。
◎2015年3月21日(土)
「ピーター・バラカンが語る『思想としてのロック』」
高知では、バラカンさんがDJスタイルのトーク・ショーで、ミュージシャンが放つ歌詞や社会的メッセージにスポットを当て、ロックが社会に与えた影響を考察。「高知市文化プラザ かるぽーと 小ホール」(開場18:30/開演19:00)。
詳細はこちらまで。
おことわり◎当サイトではピーター・バラカン氏の意向により、人名などのカタカナ表記について、一般的なものとは異なり、実際の発音により近い表記を採用しています。